Posted by てと - 2007.05.01,Tue
最近自分が引きこもりだという事実に気がついてしまった。
いや、確かに自分が引きこもりだってことは昔から『知って』いた。
ある本を読んで自分は引きこもりなんだと最近『識って』しまった。
もうちょっと自分を騙していられると思ってた。でも徹底的に突きつけられてしまった、その末路を。
思考が停止する。
行き詰る。
。。
。
振り返る。自分の半々生を。
精神的時間速度で見れば、すでに一生の半分に十分に足るその人生を。
自分に眠る最古の記憶。
母「あんたはなんで外で友達遊ばないの?」
四、五歳のころだったろうか。自分はもともと誰かと遊ぼうとはしなかった。マザコンだったのか、他人が怖かったのか、一人遊びが好きだったのか。どうしてだったのだろう。今となっては、そのときの自分を思い出だすことはできない。ただ、無理に遊ぼうとしても強烈な違和感だけが付きまとっていたことは覚えている。
幼稚園。きちんと友達と遊べている自分の姿に満足をする。満足している自分に満足をする。しかし、トモダチの顔はひとつも覚えちゃいない。覚えているのは、園長の手品に楽しさと侘しさを感じてしまった自分に悔しさを覚えたことと、みんなが外で遊んでいるときに一人教室で本を読んでいたら、先生がそれを見、特別に持って帰って読んでいいよって言った事。あの時僕の姿は先生にどんな風に映ったのか。
小学。もうそのころからは、子供が活発なこと内向的な子と二種類いて自分は後者だと認識していた。疑問はあった。そんな自分を納得させたかったのか、本を読んでいる自分を夢見る。でも自分はそんなに活字に強くはなかった。というより忍耐力がなかった。集中力も。次いで其処からだったのかもしれない、自分に失望してしまったのも。スポーツもできなかったし。友達もいたかどうか。どうしても、自分に失望していたからか相手が自分のことを見ていたとは思えなかった。
中学。何気に、一番楽しかった時期かもしれない。自分の真面目さが報われたというか。しかし、どうしてもあの失望が脳裏をよぎり相手を信じ切れていない。でも、信じたい。そこでもうひとつの事実に気づいた。自分にはコミュニケーション不全だって事実に。結果、致命的に自分の形を築けずに終わる。
高校。でかいだけの頭に価値を求めるならこの時期に集約されるかもしれない。自分の思考はどうにも自分自身を騙すための理論を吐き出すのに適しているようだ。騙し続ける。自分はまだ社会の一部なんだって。噛み合っているはずだって。うそが自分の一部になって融けて混ざる。もう、自分というものがどこにあるかすら見失う。
大学という組織団体の所属名簿に自分の名前が載ることになる。所属名簿に自分の名が載り続けるための要求をこなしている。結果暇になり、自分を騙し続けるのにも飽き始める。
ハタチ、になる。
数学的に考えれば、十の位が2になるだけ。
二十年というバックボーンがある存在となる。
別に20って数字に何の意味があるわけじゃない。
通過儀礼。通り過ぎ、忘れ去られる場所。
僕はそれを通過し、終えた。
思っていたほど大したことはない。
子供のころにはそれは大きいことだと思っていた。
大人と子供のボーダーライン。
終わりと始まり。
希望が絶望へと変質する時間帯。
折り返し地点。
なあに、そんな境界が曖昧でなかなかわからない時代。その数字に何かを期待したわけじゃあない。恐れていたんでも、望んでいたんでもない。ただ過ぎ行く景色として眺めようと思っていた。
当然何もなかった。
それどころか自分の誕生日を祝う人間なんていな(ry
いや心の底では、何かが変わるんじゃないかって羨望していた。
なんてことはない。関数は連続で微分可能。
いきなり違う値をとるわけがない。
未来の自分が違う自分なんだって、妄想してた。
妄想だって知りながら、妄想してた。
識らなかったんだ。いや、識ろうとはできただろうか(反語)。
絶望をしてない自分を気取るのは、
そんな自分に酔っているのか、
往生際の悪い自分の本心を隠すためか。
結果自分が空っぽだって気がつく。
生み出すにはなにかが必要なんだって。
引きこもったって何も奪えないし、与えられない。
失い続ける人生に、涙だけはわいてくる。
いや、確かに自分が引きこもりだってことは昔から『知って』いた。
ある本を読んで自分は引きこもりなんだと最近『識って』しまった。
もうちょっと自分を騙していられると思ってた。でも徹底的に突きつけられてしまった、その末路を。
思考が停止する。
行き詰る。
。。
。
振り返る。自分の半々生を。
精神的時間速度で見れば、すでに一生の半分に十分に足るその人生を。
自分に眠る最古の記憶。
母「あんたはなんで外で友達遊ばないの?」
四、五歳のころだったろうか。自分はもともと誰かと遊ぼうとはしなかった。マザコンだったのか、他人が怖かったのか、一人遊びが好きだったのか。どうしてだったのだろう。今となっては、そのときの自分を思い出だすことはできない。ただ、無理に遊ぼうとしても強烈な違和感だけが付きまとっていたことは覚えている。
幼稚園。きちんと友達と遊べている自分の姿に満足をする。満足している自分に満足をする。しかし、トモダチの顔はひとつも覚えちゃいない。覚えているのは、園長の手品に楽しさと侘しさを感じてしまった自分に悔しさを覚えたことと、みんなが外で遊んでいるときに一人教室で本を読んでいたら、先生がそれを見、特別に持って帰って読んでいいよって言った事。あの時僕の姿は先生にどんな風に映ったのか。
小学。もうそのころからは、子供が活発なこと内向的な子と二種類いて自分は後者だと認識していた。疑問はあった。そんな自分を納得させたかったのか、本を読んでいる自分を夢見る。でも自分はそんなに活字に強くはなかった。というより忍耐力がなかった。集中力も。次いで其処からだったのかもしれない、自分に失望してしまったのも。スポーツもできなかったし。友達もいたかどうか。どうしても、自分に失望していたからか相手が自分のことを見ていたとは思えなかった。
中学。何気に、一番楽しかった時期かもしれない。自分の真面目さが報われたというか。しかし、どうしてもあの失望が脳裏をよぎり相手を信じ切れていない。でも、信じたい。そこでもうひとつの事実に気づいた。自分にはコミュニケーション不全だって事実に。結果、致命的に自分の形を築けずに終わる。
高校。でかいだけの頭に価値を求めるならこの時期に集約されるかもしれない。自分の思考はどうにも自分自身を騙すための理論を吐き出すのに適しているようだ。騙し続ける。自分はまだ社会の一部なんだって。噛み合っているはずだって。うそが自分の一部になって融けて混ざる。もう、自分というものがどこにあるかすら見失う。
大学という組織団体の所属名簿に自分の名前が載ることになる。所属名簿に自分の名が載り続けるための要求をこなしている。結果暇になり、自分を騙し続けるのにも飽き始める。
ハタチ、になる。
数学的に考えれば、十の位が2になるだけ。
二十年というバックボーンがある存在となる。
別に20って数字に何の意味があるわけじゃない。
通過儀礼。通り過ぎ、忘れ去られる場所。
僕はそれを通過し、終えた。
思っていたほど大したことはない。
子供のころにはそれは大きいことだと思っていた。
大人と子供のボーダーライン。
終わりと始まり。
希望が絶望へと変質する時間帯。
折り返し地点。
なあに、そんな境界が曖昧でなかなかわからない時代。その数字に何かを期待したわけじゃあない。恐れていたんでも、望んでいたんでもない。ただ過ぎ行く景色として眺めようと思っていた。
当然何もなかった。
それどころか自分の誕生日を祝う人間なんていな(ry
いや心の底では、何かが変わるんじゃないかって羨望していた。
なんてことはない。関数は連続で微分可能。
いきなり違う値をとるわけがない。
未来の自分が違う自分なんだって、妄想してた。
妄想だって知りながら、妄想してた。
識らなかったんだ。いや、識ろうとはできただろうか(反語)。
絶望をしてない自分を気取るのは、
そんな自分に酔っているのか、
往生際の悪い自分の本心を隠すためか。
結果自分が空っぽだって気がつく。
生み出すにはなにかが必要なんだって。
引きこもったって何も奪えないし、与えられない。
失い続ける人生に、涙だけはわいてくる。
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Posted by てと - 2007.04.26,Thu
それを飾るのは人の心であり、悲しいのは死という記号ではなく人の心だ。しかしてここで疑問が生まれる。人の心は記号なのか心の認識なのか。
悲しみはどこより出るかから考えてみたい。確かに悲しむのは心だが、心が記号に意味を求めたのか、記号が心に意味を求めたのかがわからない。記号に意志などはないが、心には形がない。混沌を有す。ゆえにセカイは揺らぎ、感情に満ちる。逆に記号こそに意志があり、心は意志なき決まった反応を残す水面とも考えられる。全は一なんてごまかしは言わない。そこにある関係性だけを考え感情を探す。
悲しみはどこより出るかから考えてみたい。確かに悲しむのは心だが、心が記号に意味を求めたのか、記号が心に意味を求めたのかがわからない。記号に意志などはないが、心には形がない。混沌を有す。ゆえにセカイは揺らぎ、感情に満ちる。逆に記号こそに意志があり、心は意志なき決まった反応を残す水面とも考えられる。全は一なんてごまかしは言わない。そこにある関係性だけを考え感情を探す。
Posted by てと - 2007.04.19,Thu
虚無からきたる、現実。
自分が何であるか知りたい。
自分が何かであると信じたい。
ワタシノアリカ。
私の居場所。
見えないから見たい。
定義したい。
不安定さから抜け出したい。
落ち着かない。
そのことすら認識できないから、
流されていく。
誤魔化されていく。
空っぽな体に注入されていく。
自分が空っぽだって認められなくて、
自分が何かであるってことを妄信しきってる。
自分が何であるか知りたい。
自分が何かであると信じたい。
ワタシノアリカ。
私の居場所。
見えないから見たい。
定義したい。
不安定さから抜け出したい。
落ち着かない。
そのことすら認識できないから、
流されていく。
誤魔化されていく。
空っぽな体に注入されていく。
自分が空っぽだって認められなくて、
自分が何かであるってことを妄信しきってる。
Posted by てと - 2007.04.08,Sun
ガマオさんが出る回でした。
この人が出るときって結構作画、演出、脚本が良好な感じがするのは俺だけ?
海外スタジオ使ってないし。
いや、視聴率もよくていろいろと潤沢なだけなのかもねぇ。
この人が出るときって結構作画、演出、脚本が良好な感じがするのは俺だけ?
海外スタジオ使ってないし。
いや、視聴率もよくていろいろと潤沢なだけなのかもねぇ。
Posted by てと - 2007.04.01,Sun
するらしい、IKKIで。
ジャイアントロボもやっとるし。REDで。
なんか最近いろいろロボロボしてますよね、ホント。
ぶっちゃけ、これは70年代のリフレインだと考えてるわけでございますよ。
でもやっぱり作為的で、何かに便乗してんじゃないかと思うんです。
も、もしかしてみんなそこまでしてスパロボに出たい?w
でも、こんなロボロボしてんのって世界でも日本ぐらいなのかな。
偶像崇拝、多神教。
そこ突き詰めてくと、仏像とかもロボットに見えなくもない。
ジャイアントロボもやっとるし。REDで。
なんか最近いろいろロボロボしてますよね、ホント。
ぶっちゃけ、これは70年代のリフレインだと考えてるわけでございますよ。
でもやっぱり作為的で、何かに便乗してんじゃないかと思うんです。
も、もしかしてみんなそこまでしてスパロボに出たい?w
でも、こんなロボロボしてんのって世界でも日本ぐらいなのかな。
偶像崇拝、多神教。
そこ突き詰めてくと、仏像とかもロボットに見えなくもない。
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てと
性別:
非公開
職業:
学生だったらイイナ
趣味:
アニメとか
自己紹介:
出身栃木
在住宮城
大学を隠れ蓑として利用し、
何とか後ろ指刺されないように、
人生を追っかけ続けてるように見られたい。
好きな言葉は
「間合いと、踏み込みと、気合だ!」
「智に働けば角が立つ
情に棹させば流される
意地を通せば窮屈だ
兎角に人の世は住みにくい」

在住宮城
大学を隠れ蓑として利用し、
何とか後ろ指刺されないように、
人生を追っかけ続けてるように見られたい。
好きな言葉は
「間合いと、踏み込みと、気合だ!」
「智に働けば角が立つ
情に棹させば流される
意地を通せば窮屈だ
兎角に人の世は住みにくい」
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