Posted by てと - 2007.06.13,Wed
いつの間にか終わってた。
ビッパーズ[時代遅れ中央シネマ]
ふと、野菜レイプ男の死を思い出した。
イヤー俺もスーツ欲しいわー。デブかっこよすぎだろー。
勇気。つらい現実も仲間と一緒なら乗り越えられる。
そーいえば、いつの間にか痴漢男の漫画かいてる人の新作が出てたわ。
新ジャンル「ツンバカ」~ブーンが司法試験を目指すようです~[からくり工房]
クオリティ高いなー。
ビッパーズ[時代遅れ中央シネマ]
ふと、野菜レイプ男の死を思い出した。
イヤー俺もスーツ欲しいわー。デブかっこよすぎだろー。
勇気。つらい現実も仲間と一緒なら乗り越えられる。
そーいえば、いつの間にか痴漢男の漫画かいてる人の新作が出てたわ。
新ジャンル「ツンバカ」~ブーンが司法試験を目指すようです~[からくり工房]
クオリティ高いなー。
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Posted by てと - 2007.06.13,Wed
満身創痍にくずれおちても、薄ら笑いを浮かべ、未来が絶望に染まろうとも、眼を逸らさず、世界に奪われ続けても、その愛を止めたりしない。
諦めを最大の悪と考え、意味もなく立ち上がる。
確かに意味はなき道化に違いないのだが、だが、しかししかし、その行為、その精神、その魂は、何物にも変え難き輝きを零し、見るもの全てに明日を信じる勇気を与える、絢爛たる道化であった。
ああ。こんなにも、こんなにも、あり得ぬと分かっていてもなお、その姿に、未来を見てしまうのは人の弱さか、それとも人が元来持ちうる命の意地汚いしぶとさか。
なんにしろ、我々の手には何も残されていない。だが、この輝きが我々を照らす限り未来を見失うことは永遠にない。赤ん坊のときやったように、ただ眼を見開き、立ち上がる。
命ある限り、アイツの魂は共にあり続ける。
------------------------------------------
昔からこういうのが好き。
絶望しかねーのに諦めない。
現実は諦めと挫折、敗北と逃避、嫉妬と蔑み、そんな後ろ向きなことで溢れかえっている。
ジーグを見ろって。
感情移入するには熱血は熱すぎる。
現実主義過ぎてはカタルシスは望めない。
グレンラガンはその点、視点の設置と移動がうまいなぁと思ったテスト前。
諦めを最大の悪と考え、意味もなく立ち上がる。
確かに意味はなき道化に違いないのだが、だが、しかししかし、その行為、その精神、その魂は、何物にも変え難き輝きを零し、見るもの全てに明日を信じる勇気を与える、絢爛たる道化であった。
ああ。こんなにも、こんなにも、あり得ぬと分かっていてもなお、その姿に、未来を見てしまうのは人の弱さか、それとも人が元来持ちうる命の意地汚いしぶとさか。
なんにしろ、我々の手には何も残されていない。だが、この輝きが我々を照らす限り未来を見失うことは永遠にない。赤ん坊のときやったように、ただ眼を見開き、立ち上がる。
命ある限り、アイツの魂は共にあり続ける。
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昔からこういうのが好き。
絶望しかねーのに諦めない。
現実は諦めと挫折、敗北と逃避、嫉妬と蔑み、そんな後ろ向きなことで溢れかえっている。
ジーグを見ろって。
感情移入するには熱血は熱すぎる。
現実主義過ぎてはカタルシスは望めない。
グレンラガンはその点、視点の設置と移動がうまいなぁと思ったテスト前。
Posted by てと - 2007.06.11,Mon
Posted by てと - 2007.06.11,Mon
オタク文化における人物像、つまりキャラクター。
現実にいすぎても困る。キャラが立たない。というより、現実逃避させてくれ。
かといって、現実には存在しないような性格では感情移入が困難になる。
キャラクター表現としては、ネガティブな部分を書かなかったり、ない風に描いたり。逆に、ネガティブ面を前面に押しだして、それによってキャラ付けする。
そのバランス具合で、リアルすぎて痛々しいのか、オレの嫁なんだけどと認識というか信仰?のギャップを生んでいるのかなぁ。
まぁ痛々しいのは別に悪いこととは思わないオレにとってどうでもいいことだけど。むしろ大体の場合で俺のほうが痛いから。さすがにオレより痛いと、感情移入がちょっとつらくなるけど。
というより、影響受けがちで節操がなくて、好き嫌いがあまりないから、共感しやすいオレだから、すこーしだけリアルな描写にしてくれると、人間味を感じていい具合なんだけどなぁ。
現実にいすぎても困る。キャラが立たない。というより、現実逃避させてくれ。
かといって、現実には存在しないような性格では感情移入が困難になる。
キャラクター表現としては、ネガティブな部分を書かなかったり、ない風に描いたり。逆に、ネガティブ面を前面に押しだして、それによってキャラ付けする。
そのバランス具合で、リアルすぎて痛々しいのか、オレの嫁なんだけどと認識というか信仰?のギャップを生んでいるのかなぁ。
まぁ痛々しいのは別に悪いこととは思わないオレにとってどうでもいいことだけど。むしろ大体の場合で俺のほうが痛いから。さすがにオレより痛いと、感情移入がちょっとつらくなるけど。
というより、影響受けがちで節操がなくて、好き嫌いがあまりないから、共感しやすいオレだから、すこーしだけリアルな描写にしてくれると、人間味を感じていい具合なんだけどなぁ。
Posted by てと - 2007.06.11,Mon
最近、アマゾンの購入済リストに以前購入した(アマゾン以外で)漫画とかラノベとかの情報をリストに反映したときに思ったのだけど、自分が購入する条件ってなんだろう、と考えた。
話は変わって、最近心理学の講義で外因的欲求っ賭言うものをきいたのだが、なるほど自分はその傾向が高いのだと実感した。
例を挙げて言うなら、たとえばサンドイッチが二、三枚自分の子皿に出されていたとして、外因的欲求が少ない人は自分が食べたい分だけ食べる。もし足りないなら他からも取って、皿の中で満足なら残す。
逆に外因的欲求が強い人間は、皿に出された分だけ食べるようだ。
ほかには、アイスの試食をしたときに、おいしいものより多くまずいものは少なく食べる傾向が大きくなったりする。
食べ物に関しては、生理的欲求と結びつくためはっきりとした結果が出るが、娯楽に関してはどうだろうか。特に、漫画、ラノベ、PC関連、ゲーム、など。
もちろん、それぞれの経済状況や嗜好の違い、環境の違いなどからも購入パターンは変化すると思うが。
話を戻して、ラノベに限って話を進めていくと、俗に作家買い、ジャケ買い、とか最近いわれているが、なかなかに購入するときに迷うものである。なにせ、食べ物と違って、一回のみしか味わうことができない。まあ、面白かったら繰り返し読むときもあるが、つまらなかったら一回ポッキリだ。
ということでそれなりに慎重になって、他人の感想や前回までの内容から判断するわけだが、いったい何を判断しているのだろう。
自分はあまり購入する際に所持金を考えない(たまにないままレジに行って恥じかきます)。では、どこで買う、買わないを決めているかというと一定のアベレージを超えるか超えないかで買っていました。
まずラノベであるか、という判断が最初にある。さすがにハードカバーは値段的にアベレージを上げざるを得ないため、判断すること自体を敬遠気味ですが、基本的にはラノベなら以下のアベレージを超えさえすれば一度に何冊も買ってしまうから、あまり経済的ではない。
次にジャンルを判定する。SFなら+2とか恋愛なら+1とか。他の情報がなければ自分ではほとんどここの判定で決定する。判定材料はシリーズ、作者のテイスト、紹介文。作者も本によって文体や、メインテーマを変えたりはするがその変化する確率を考慮に入れた期待値を得点とする。ジャンル=作者の公式は新人において得に成り立たないから注意する。
最後に後評判である。だから、ここの判定で購入が決定されるもは自然と遅れる。逆に前の判定で通ったとしても、糞過ぎる場合は回避(過去の作品に限るが)。ああ、あと漫画とかだとメジャーすぎるのも回避するんだが、そもそもラノベがまだメジャーじゃないからそこはなるべく考慮に入れない。それでも面白そうなら買うけど。
それ以前に購入するという意識を持つまでに時間がかかる時もある。時間が余って、ラノベを読もうと思って買う場合である。それとは逆に、予約や購入スケジュールを立てる時もある。上の判断によるアベレージを超えてさらにヲタ義務感に抵触するような場合である。
後者の場合は果たして健全であると言えるのだろうか。
ここに、ひとつのヲタと一般人の境があるのだとと思う。このバイアスが片方に傾きすぎて、さらにアベレージが下がりすぎた人間がいわゆる購入厨(意味違うww)なのではないかと。
ちなみに私はヲタとオタクは別のものとして使用としている。
ヲタとは、いわゆるアイデンティティー的なものの獲得としての自己認識の上でオタクである。富野だっけか、いまのオタクはオタクじゃないとか言っていたのは。現代では、オタク文化の供給の増加、オタクというものの形式の確立、存在としての認知の拡大、ゆとり(休みの増加、というかゆとり)などから、非常にスムーズに自己の認識としてのオタクを形成しやすい。
たいしてオタクというものは、古株のオタクを大体指す。そもそも昔のオタクは基本的には孤独なものであったはず。隠匿されるべき存在、娯楽を通り越して生き甲斐ともいえるようなオタク文化の享受、環境の劣悪さ。つまり今よりもオタクとしての自意識だけではそのスタンスを貫くは不可能であり、オタク文化を享受すること自体への信仰めいた執念と作品への愛としての執着が必要だったはずだ。
個人的判断による、オタクの強さ(?)
一般人(漫画とか見るよ、ジャンプとか)<中二病(うは、ヤンマガとか見てるしwww)<|オタクを意識しているか否かの壁|<ヌルオタ(すでにオタクというものをそれなりに知っていて自分はそれなんじゃないかと潜在的に考えてる人々)≦オタクかも(ヌルオタというものとは違うけど、ただ単に執着しすぎかなのかなと思っている)<<<|万人に認められるか否かの壁|<<<<オタク(いろんな人から認められてしまった人々、自己の意思はもう関係がない)>>>|全てをさえぎる断崖絶壁または次元断層|>>>自分がオタクだってことを知ってそれを利用している人々
別に強いからなんだー、弱いからなんだーとかはないんだけど個人的な主観。
話は変わって、最近心理学の講義で外因的欲求っ賭言うものをきいたのだが、なるほど自分はその傾向が高いのだと実感した。
例を挙げて言うなら、たとえばサンドイッチが二、三枚自分の子皿に出されていたとして、外因的欲求が少ない人は自分が食べたい分だけ食べる。もし足りないなら他からも取って、皿の中で満足なら残す。
逆に外因的欲求が強い人間は、皿に出された分だけ食べるようだ。
ほかには、アイスの試食をしたときに、おいしいものより多くまずいものは少なく食べる傾向が大きくなったりする。
食べ物に関しては、生理的欲求と結びつくためはっきりとした結果が出るが、娯楽に関してはどうだろうか。特に、漫画、ラノベ、PC関連、ゲーム、など。
もちろん、それぞれの経済状況や嗜好の違い、環境の違いなどからも購入パターンは変化すると思うが。
話を戻して、ラノベに限って話を進めていくと、俗に作家買い、ジャケ買い、とか最近いわれているが、なかなかに購入するときに迷うものである。なにせ、食べ物と違って、一回のみしか味わうことができない。まあ、面白かったら繰り返し読むときもあるが、つまらなかったら一回ポッキリだ。
ということでそれなりに慎重になって、他人の感想や前回までの内容から判断するわけだが、いったい何を判断しているのだろう。
自分はあまり購入する際に所持金を考えない(たまにないままレジに行って恥じかきます)。では、どこで買う、買わないを決めているかというと一定のアベレージを超えるか超えないかで買っていました。
まずラノベであるか、という判断が最初にある。さすがにハードカバーは値段的にアベレージを上げざるを得ないため、判断すること自体を敬遠気味ですが、基本的にはラノベなら以下のアベレージを超えさえすれば一度に何冊も買ってしまうから、あまり経済的ではない。
次にジャンルを判定する。SFなら+2とか恋愛なら+1とか。他の情報がなければ自分ではほとんどここの判定で決定する。判定材料はシリーズ、作者のテイスト、紹介文。作者も本によって文体や、メインテーマを変えたりはするがその変化する確率を考慮に入れた期待値を得点とする。ジャンル=作者の公式は新人において得に成り立たないから注意する。
最後に後評判である。だから、ここの判定で購入が決定されるもは自然と遅れる。逆に前の判定で通ったとしても、糞過ぎる場合は回避(過去の作品に限るが)。ああ、あと漫画とかだとメジャーすぎるのも回避するんだが、そもそもラノベがまだメジャーじゃないからそこはなるべく考慮に入れない。それでも面白そうなら買うけど。
それ以前に購入するという意識を持つまでに時間がかかる時もある。時間が余って、ラノベを読もうと思って買う場合である。それとは逆に、予約や購入スケジュールを立てる時もある。上の判断によるアベレージを超えてさらにヲタ義務感に抵触するような場合である。
後者の場合は果たして健全であると言えるのだろうか。
ここに、ひとつのヲタと一般人の境があるのだとと思う。このバイアスが片方に傾きすぎて、さらにアベレージが下がりすぎた人間がいわゆる購入厨(意味違うww)なのではないかと。
ちなみに私はヲタとオタクは別のものとして使用としている。
ヲタとは、いわゆるアイデンティティー的なものの獲得としての自己認識の上でオタクである。富野だっけか、いまのオタクはオタクじゃないとか言っていたのは。現代では、オタク文化の供給の増加、オタクというものの形式の確立、存在としての認知の拡大、ゆとり(休みの増加、というかゆとり)などから、非常にスムーズに自己の認識としてのオタクを形成しやすい。
たいしてオタクというものは、古株のオタクを大体指す。そもそも昔のオタクは基本的には孤独なものであったはず。隠匿されるべき存在、娯楽を通り越して生き甲斐ともいえるようなオタク文化の享受、環境の劣悪さ。つまり今よりもオタクとしての自意識だけではそのスタンスを貫くは不可能であり、オタク文化を享受すること自体への信仰めいた執念と作品への愛としての執着が必要だったはずだ。
個人的判断による、オタクの強さ(?)
一般人(漫画とか見るよ、ジャンプとか)<中二病(うは、ヤンマガとか見てるしwww)<|オタクを意識しているか否かの壁|<ヌルオタ(すでにオタクというものをそれなりに知っていて自分はそれなんじゃないかと潜在的に考えてる人々)≦オタクかも(ヌルオタというものとは違うけど、ただ単に執着しすぎかなのかなと思っている)<<<|万人に認められるか否かの壁|<<<<オタク(いろんな人から認められてしまった人々、自己の意思はもう関係がない)>>>|全てをさえぎる断崖絶壁または次元断層|>>>自分がオタクだってことを知ってそれを利用している人々
別に強いからなんだー、弱いからなんだーとかはないんだけど個人的な主観。
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自己紹介
HN:
てと
性別:
非公開
職業:
学生だったらイイナ
趣味:
アニメとか
自己紹介:
出身栃木
在住宮城
大学を隠れ蓑として利用し、
何とか後ろ指刺されないように、
人生を追っかけ続けてるように見られたい。
好きな言葉は
「間合いと、踏み込みと、気合だ!」
「智に働けば角が立つ
情に棹させば流される
意地を通せば窮屈だ
兎角に人の世は住みにくい」

在住宮城
大学を隠れ蓑として利用し、
何とか後ろ指刺されないように、
人生を追っかけ続けてるように見られたい。
好きな言葉は
「間合いと、踏み込みと、気合だ!」
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情に棹させば流される
意地を通せば窮屈だ
兎角に人の世は住みにくい」
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