Posted by てと - 2007.08.22,Wed
格差社会における貧乏

なるほどなと思う。子供でもわかる、明らかに変化に対応し切れていない社会システム。それに伴う、軋轢や摩擦のひとつしての孤独死、自殺率の増加。正に変化に対応できない日本がないているようである。

今と昔のどちらがいいか、変化に対応しきれない今の社会は悪か。そんなことはどうでもいい。

ただ人間関係の流動化というところに惹かれて記事を書こうと思ってしまった自分が憎い。空しい。

マクロの変化に、自分というミクロな変化の責任を負わせて、現実逃避するという明らかな愚考。

自分がオタクである、ということで自己のコミュニケーション能力不全に言い訳するぐらいの愚かさだ。まあ、ある種オタクであるということが、既に社会的地位の低さ以上に、行動主義的に自分がある種の能力不全であることを証明しているともいえるが。

オタクであること。いわゆる、サブカルチャー文化の恩恵を一身に受ける存在、であるのだが、それ以上にひどく孤独で自慰的な行為をするネガティブな存在としてのあり方が強い。たしかに前者であることが後者ではないが、非常にその割合が高いということも事実である。そういう意味ではオタクのファッションがなんだーというの鼻につく。

それはさておき、オタクであることでそうなっているのか、そうなっているからこそオタクである、ということを議論するのは無意味だろう。おそらくはそれは相互に影響しあってスパイラルと既になっているからだ。ある意味そのスパイラルというものがオタク文化を養ってきたとも言えるだろう。人が離れない、ということは商業的に必要なことだ。

この現象は既に社会現象レベルまで引き上げられ、ひとつの大きなことして存在している。だがいまだにその地位の向上は見られず、これはもともと持っているイメージ以上に構造的な問題をはらんでいる。

刹那的、即物的、非生産的。幻影的っていえば聞こえがいいか。

当然それを取り巻く人間がキモいというのは事実であるが、そのキモいやつがキモいことをしている。だからそれはきもいことでそれをしているやつキモいって理論なんだろう。そうなってくるとますますキモい部分が際立って見えてきて、キモキモするのであろう。

が、刹那的~のそれはサブカルチャーに限ったものでは既に無く、社会全体の流れとなってきているのは言うまでも無い。そういった中でのオタクの増殖、認知の拡大、軋轢の流れはむしろ必然ともいえる。

果たして私は世が世ならオタクではなかったのであろうか。
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